google-site-verification: googlea24a52b415544bde.html 和物小物の由来の5選!先人たちに学ぶ生活の知恵とは? | 知りたがリスト

和物小物の由来の5選!先人たちに学ぶ生活の知恵とは?

私達が日頃、何気なく使っているものには
計算され創意工夫が施された物って
回りを見ると結構あります。

今回は、いつの時代に作られたのか
わかりませんが、今でも優れた小物を
順を追ってご紹介しましょう。

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和物(小物)5選!

和物とは
日本製品。日本風なものをいいます。

それでは和物の1番手からご紹介いたしましょう。

風呂敷とは?

最近TVで見た「マツコの知らない世界」で
「風呂敷」を、物を包む以外にも色々紹介していました。

「風呂敷」とは、読んで「字の如く」
誕生したのは江戸時代,銭湯の流行に伴って

風呂で敷いたり、濡れた物や風呂の道具を
包んだりするのに重宝されるように
なりました。

ちなみに
この当時から明治初期まで「混浴」だったそうです。

理由は、「男湯」と「女湯」に分けると水道料金が経営を圧迫。
そのため「混浴」だったそうですが、中には「間違い」を
起こす輩がいたので、江戸幕府は禁止令を出します。

しかし入り口は「男湯」と「女湯」に分かれてましたが
中は、「混浴」というところもあったそうです。

話が横道にそれましたが
江戸といえば「火事と喧嘩は江戸の華」と言われた

ぐらい火事が多く、寝る時には先に風呂敷を広げ
その上に布団を敷いたり、衣類を包んだりして
すぐに逃げ出せる準備をしていました。

小さいものから大きな物まで、なんでも包め
簡単に持ち運べると言う(背負ったり、手で持ったり)と
現在でも使える万能カバンと言えるものでしょうね。

この当時、風呂敷に反物や薬、小間物を包んで売り込む
行商人がおり、背負った風呂敷には「屋号」や「紋」が
染めてあるので宣伝効果があったそうです。

特に東北地方では
防寒のため女性がスカーフ代わりに
首に巻いたり、頭からかぶったり

「フロシキボッチ」と名付けられた風呂敷を頭巾として
使っていて、これが江戸でも流行したそうな。

色んな形あるものを、包み込んでしまう「風呂敷」

私達の先人たちは、包むだけではなく、防寒やスカーフなど
ファッションにも利用したとする感性に驚かされます。

この感性が今でも、私達に引き継がれているんでしょうね!

七輪とは?

七輪とは
名前の由来は、「七厘の値段の炭で事足りる」
ところからと言う説が有力

木炭や豆炭を燃料に使用する調理用の炉。

関西では癇癖(かんぺき)が転化し
「かんてき」とも言う。

江戸中期より普及し明治になると
どの家庭でも目にするように
なったとされています。

最近では、まず家庭では目にすることは
なくなりましたが、焼き肉屋で
利用されているのを見かけますね。

電子レンジや電気炊飯器が登場するまでは
ご飯は、薪(まき)を燃やしカマドで炊いてました。

母親の実家は、ワラを燃やしカマドで、ご飯を炊いて
いましたがココで食べた、ご飯の味が忘れられず!

私の幼い頃は、薪を取ってきて
「薪割り(まきわり)」をしてました。

「かまど」で薪が燃える時、煙が出るので
魚を焼く時は、不便だったため

七輪の登場は、庶民が心待ちした製品だったのです。
そのメリットは、効率的で、下に空気穴が空いているので

うちわなどで、風を送ると短時間に、炭を起こすことが出来るし
煮炊きが出来る「スグレモノ」でした。

サンマを焼いた記憶があります。

このように、現在では、コスト的には電気やガスに負けますが
美味しさの面では、「七輪」に軍配が上がります。

不便さがあれば、とっくに「淘汰」されていたはず
今でも、使われるのには、優れた理由があったからに
相違ありませんね。

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畳とは?

畳とは
日本で利用されている床材をいいます。

芯材になる板状の畳床(たたみとこ)の
表面をいぐさで編み込んで、出来た
敷物状の畳表でくるんで作る物

私は、幼い頃、私の家を含めて畳の
「イグサ」の部分の張替えに来ていました。

この職人さんの仕事は、丁寧で、しかも早くて
私は、そばで「じっと」見ていまいしたね。

今でも、この光景は、目に焼き付いていますよ。

長い畳針(たたみばり)で、
ござ(イグサで織った敷物)を
縫っていくんですが仕上がった後の

「イグサ」の匂いが好きで、何日間か
匂いを嗅いでいた記憶があります。

畳の大きさは、4つに別れます。

京間(西日本エリア)  191.0cmx横95.5cm=1.82㎡

中京間(東海エリア)182.0cmx横91.0cm=1.65㎡

江戸間(東日本エリア)176.0cmx横87.7cm=1.54㎡

団地間(エリヤ関係なし)170.0cm横x85.0cm=1.44㎡

※居室などの広さを畳数で表示する場合1.62㎡以上となってます。

畳の1畳の縦横比は2:1の長方形に

これを半分にした半畳の正方形に分かれます。

地域によって、畳の広さに若干の違いがあるそうです。

平安時代は、現在と違って普段、板張りで生活し寝るときや
座る時にだけ畳を敷いていて、いわば座布団や布団に近く
「寝具」と言う方が適切でしたね。

平安以前は、土間にわらを敷いて寝ていたそうですが
だんだんワラを適当な大きさにカットし、束ねて
大きさを揃えたのが畳の始まりだったのです。

1畳の大きさは、人が寝た時の広さを基準としており
6畳といえば、6人寝ることが出来るスペースがあると
言うことで、賢い寸法のとり方で、合理的だったのです。

現在のように畳が敷きっぱなしになったのは
室町時代の「書院造り」からで

欧米のように子どもたちに個室が割り与えるわけではなく
日本の場合は、大家族主義なため誰でもどの部屋でも
寝転んだり座ったり出来るように誕生した様式なんです。

座布団

生活様式によって、暮らしの中の道具も変わって来ます。

例えば欧米では、室内では靴を履いたまま生活。
なので座る時も様々な椅子が作られました。

例えば食堂の椅子、読書の椅子、安楽椅子と
いった使いかっての良い椅子がどんどん
作られました。

かたや日本は、床に直接座っていたから
色んな座り方が生まれました。

欧米の椅子に当たるものが座布団になります。

日本人は、自分の身体に合せて物を作ることより
その環境に合わせた座り方というものを
生み出してきました。

欧米に比べると小さなお家「うさぎ小屋」と
揶揄されてましたが、つまり言いたいのは

道具を増やすと言うことは、お家のスペースも
必要になって来ますよね。

限られた空間をうまく有効利用する知恵

もっとわかりやすく言えば
100通りの椅子を用意する欧米式に比べて

日本は、1つの座布団で100通りの使い方を
する柔軟な考えが先人たちにより
代々受け継がれてきました。

かんざし

かんざしとは
女性が髪を結う時に使う伝統的な装身具

時代劇などで、よ~く見ると、かんざしの先に
耳かきがついているのを見て「変」だと思ったこと
ありませんか?

これには、先に耳かきをつける理由があったのです。

なぜだか、わかりますか?

江戸時代は、緊縮財政のため「ぜいたくは禁止」と言う
お触れがよく出ていた時代だったんです。

庶民は、着物などの身の回りの物まで制約を受け
「質素倹約」が当たり前の時代。

そこで、唯一の楽しみ「かんざし」には
まだ制約は、かかっていなかったので
お金をかけきらびやかなかんざしが
作られ売れたそうです。

しかしいつ「ご禁制」になるのかわからない
そのため、万が一咎められた時の言い訳に
「耳かきがついているので、贅沢品ではなく実用品」と

言い逃れが出来るように、というのが理由なんです。

かんざしは、もともと柔らかい錫でできていてのですが
武士が全国を統治してた時は、鉄や真鍮(しんちゅう)で
出来ており、武器にもなったとされております。

付録

糠味噌(ぬかみそ)

食堂に行って和食を注文すれば
付け合せとしてついてくる漬物

家庭でも冷蔵庫の中には、常備食として
漬物が入っているでしょう。

縄文時代より毎日のように
食べられてきた漬物。

これは、保存食と同時に不足しがちな
栄養素が含まれているのです。

糠漬けと言うのは、ビタミンB群と乳酸菌の宝庫。

普通なら捨ててしまう糠の栄養分を漬物に
することによって再び摂取しようとする
先人の知恵がありました。

昔の人は、漬物だけではなく数日に1度は
漬け床をぬるま湯にといて飲んでいたと
いた言う話があります。

ヨーグルトや乳酸菌を飲む感覚で
先人たちは、漬け床が整腸剤の役割を
知っていたので、食事に取り入れて
いたんでしょうね。

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まとめ

和物とは、日本製品、日本風なものと
言うことで、5個取り上げてみました。

時代が変わり、昔に比べて使う頻度は
確かに少なくなってしまいました。

しかしそこには、先人達の知恵が濃縮され
今でも使い続けられてきました。

これから先も、新しく改良されたりして
長く使われるものだと信じております。

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