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MRJってどんな飛行機?見えてきた2020年の就航予定?

かつて日本でも早くから鳥のように空を
飛んで見たいと飛行機を独学で勉強した

「二宮忠八」という人がいて、飛行機開発に
力を入れていたのですが、帝国陸軍の協力が
得られなかったばかりに独力で開発するには

資金が足りず、そうこうする内に
あのライト兄弟に先を越されたという
エピソードもあります。

このように優れた技術者は、いたのですが
あまりにも飛行機という先進的なものが
どれだけ重要かが、まだわからなかった時代です。

それから時が過ぎ
太平洋戦争初期、あの有名な

「零式艦上戦闘機」は、米軍に
「ゼロ・ファイター」と恐れられたと
聞いております。

大戦末期には、ドイツからの技術供与ですが
ロケット機やジェット機など実用化された

飛行機もありましたが敗色濃厚だったため
特攻兵器に利用されたのは、残念でした。

飛行機大国には、間違いがなかったですが
大戦末期には、部品不足もあったかも

知れませんがエンジンの不調で飛べない
いわゆる首なし飛行機もありましたね。

それは、何年か前の
ジブリ映画「風たちぬ」でも

ご紹介されていたので
ご存知の方も多いのかと。。。

戦後長らく、GHQにより一切の飛行機に
関することは禁止されてしまいました。

世界の流れは、レシプロ機からジェット機に
移り変わる時期だったので、この時の
「空白の7年」の遅れは、大きかったのです。

戦後初の旅客機のYS-11を実用化しましたが

6年後には、赤字を解消できず
1973年には、生産を終了

初めての旅客機と言う事もあって
難題が多すぎたことも原因でした。

それから53年と言う月日がたち
MRJと言う新型機の初飛行は

成功しましたが、これもまた、戦後初の
ジェット旅客機、ここでも難題が多発

まだ型式証明が取れず、遅れております。

しかし日本初の国産ジェット旅客機が
自由に飛び回る姿を見たくて

私と同じ気持ちの方は
数多くおられると思います。

今回は、MRJってどんな飛行機なのか?

日本の飛行機らしく
美しい機体ですが

その秘められた特徴をあますところなく
お伝えできればと思います。

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MRJとはどんな飛行機?

MRJとは

 三菱・リージョナル・ジェット。
三菱重工業とその子会社の

「三菱航空ジェット旅客機」です。

経済産業省が事業者を公募し
これに応じた三菱重工が

2008年から開発を本格化
2015年11月11日に初飛行したのは
約90席のタイプの「MRJ90」

カタログ価格が
4730万ドル(約58億円)

全長35.8メートル

巡航速度マッハ0.78

航続距離は
最長タイプで3千キロ超。

「リージョナルジェット」は地方空港と
拠点空港などを結ぶことを想定した
座席数100席以下の小型ジェット旅客機 なんです。

MRJは、標準的な

座席が92席の「MRJ90」と

座席が78席の「MRJ70」
2機種の開発が進められていて

2機種がうまく軌道に乗れば
「MRJ100」の開発構想も
浮かび上がっております。

機体の国産化比率は?

三菱の社長が「極めてオーソドックスな機体」と
言っているのは、機体のエンジンから電子部品に

至るまで、7割近くが海外製ほとんどが
欧米からの輸入品と言われております。

私たち素人から見れば「何だ、国産旅客機と
言っているけど中身は、外国製?」

しかし良く考えてください。

そこまで国産にこだわると開発費の高騰と
開発年数が予想以上にかかってくるので

信頼性の高い、今まで使われてきた
部品を使った方が、コスト的にも時間的にも
有利と判断されたからだと思います。

この経験を活かし、次回はきっと
国産化率がアップしたジェット旅客機が
誕生すると信じております。

航続距離から見る予想路線とは?

カタログに記載されている航続距離は
1530km~3380km

例えば、アメリカを
例にすると中西部のデンバーを
起点にカナダやメキシコをカバーでき、

ヨーロッパでは
フランスのパリを起点にすれば

南は、アフリカ諸国
東は、ロシアのモスクワまで飛行可能で、

日本では、
東京を起点に全国津々浦まで足を伸ばせば

上海や北京、南は、グアムまでカバーできますが

しかし日本での運用は
「リージョナル(地域)ジェット」と言われているので

原則、国内線での飛行時間が1~2時間の路線になりそうです。

GTFエンジンとは?

三大エンジンメーカーの一つP&W
(プラット・アンド・ホイットニー社)のGTFエンジン

このエンジンをひと言で言うと「エンジンの中にギアを入れ
ファンとタービンの回転を最適に制御するもの」と

もう少し詳しく説明するとファンとタービンの間に
減速ギアを入れることで,タービンを高速で
回転させ、ファンを低速で回すことにより

タービンの回転数を高いレベルで維持しつつ
ファンを低速で回せる、そのためファンを

さらに大きくでき、バイパス比が高く出来るので

結果
騒音も燃費も低減、出来ると言う
スグレモノなんです

今までは、ギアを入れることによる重量増加や
信頼性に問題があったためMRJが採用するまでは
日の目を見ることにはなかったのです。

しかし
MRJが先陣を切ったのですが、今回の開発の遅れから
エアバスやボンバルデアに先行されることになるでしょう。

非常に残念なことと、言わざるを得ないですね。

炭素繊維とは?

MRJの特徴の1つに尾翼に使われている複合材
CFRP(炭素繊維強化プラスチック)と言われるもの

この分野は、日本の独壇場で東レ、東邦テナックス
三菱レイヨンの3社で世界の7割を占めるシェアを誇っています。

軽くて強い飛行機に取っては
かけがえのない先端材料になって。

なんせ 鉄の10倍の強度で重さは、鉄の4分の1
身近なところではテニスやゴルフのシャフトなどが挙げられます。

最初は、航空自衛隊のF2戦闘機の主翼に使われたのを
皮切りに旅客機にも使用が始まります。

MRJの尾翼の成型は、特徴的な「A-VaRTM」法がつかわれて
います。

「A-VaRTM(バータム)」法とは

炭素繊維をフィルムで覆って真空状態にして、
樹脂を入れて固くする方法

従来のプリプレグ法と比べて衝撃力や耐久性は
同等かそれ以上といわれています。

最初は、主翼も炭素繊維複合材を使用の目的でしたが
強度確保のための補強材追加の必要性が判明したため

それに伴う重量増加の観点から尾翼のみの使用に変更
されました。

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居住性は?

機内空間は、「新しい快適さ」と言うコンセプトのもと
スタイリッシュな空間を目指し、翼上の非常脱出口を廃止
したことから、多様な座席のレイアウトが可能となり

また高さを2mとしたため欧米人の平均身長1.88mに対応でき
通路幅や座席幅も46cmとし、座席の配列は、通路を挟んで
左右2列ずつ中央座席がないため乗客は、余裕を持って移動が
出来るので、居住性は良好なんです。

座席は、ソディアック・シート・カルフォルニアのシートを採用
近年海外のシートメーカーがエコノミークラス向けシートを
薄型化して、いたためこのシートが採用されました。

オーバーヘッド・ピン(荷だな)はローラーバックも収納でき
トイレも車椅子対応になっております。

2020年に就航が見えてきた?

MRJの進捗状況は?

ご存知のように1年前に設計変更をしたため
ANAに初号機が納入されるのは

2020年が予定されてますが、

今の現状を
申しますと4機のMRJ90が
FAA証明取得のため飛行を続けており

5号機は、名古屋で地上試験中
APU(補助動力装置)の騒音テスト

2018年に更に2機が完成するのですが
これは、設計変更を行った量産型に近い形になります。

愛知県飛島工場で製造する胴体と主翼

三重県松坂工場で製造する尾翼が送られ

三菱航空機で完成にするという手順である。

組立工場の規模は月産10機で、量産する予定。

追加投資!

三菱重工は、MRJを開発する子会社の三菱航空機に
2200億円の追加投資を12月に行うことを発表

これで三菱航空機は、借金が資産総額を上回る
「債務超過」から抜け出すことができ

財政面の問題がなくなれば、2020年の初号機の
納入に向けた作業を急ぐことに集中できます。

MRJは、度重なる延期のため開発費が1000億から
6000億と高騰そのため「債務超過」に陥っていました。

付録・人工衛星打ち上げまでの長い道のり

人工衛星を載せたラムダ-4Sロケット5号機の成功
「おおすみ」と名付けられました。

その感動秘話をお伝えします。

昭和41年(1966年)9月から始まった

L(ラムダ)-4Sロケット』

1号機の打ち上げは
2段目のロケットを切り離たあと、角度がずれて失敗。

同年12月の
2号機は、第4段のロケットが点火せずに失敗。

翌年4月の
3号機の打ち上げは、3段目に着火せずにまたもや失敗した。

打ち上げ失敗が続く最中の昭和42年(1967年)3月
この計画の中心人物であった糸川英夫氏が東京大学を退官します。

「打ち上げ失敗に対してマスコミからの
ものすごいバッシングがあったそうです。」

『金の無駄遣いだ!』と

糸川氏は宇宙研と我々を守るために辞めたんですよ。

『おおすみ』の打ち上げ直前だったけど
『もう基礎はできているから大丈夫だ』と言って」と中部さん。

L-4Sの実験は「失敗したとしても6号機で終わり」と
予定していましたが

「5号機までには必ず成功させる!」と
担当された先生方は辞職を覚悟で臨んでいて
それは職員も同じ気持ちだったそうです。

昭和44年(1969年)9月22日に
4号機を打ち上げたが、
これも分離した3段目が4段目にぶつかって失敗

「度重なる打ち上げの失敗に心を痛めていたのは
町の人々も同じで、なんとか励ましたい」と内之浦の婦人会が
コントロールセンターを訪れ、居合わせたスタッフに千羽鶴を手渡して

折り鶴は4段式のラムダロケットに似せて作られていて
1.5メートルの長さの折り鶴が4つの束に分けられていたという。
中には「祈る成功L-4S」と書かれていた。

「彼女たちの想いに、実験班はどれだけ元気づけられたことか」と
中部さんは振り返る。

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まとめ

「MRJ」は失敗続きで「産みの苦しみ」を味わって
いると思います。

何をやるにも最初は、問題が山積しています。

それをコツコツやって、成功へ導く
日本人の「忍耐強さ」を私は、信じております。

日本のロケット技術は、当時こんな物で

それが今は、97%ぐらいの成功率になりました。

「失敗から得られる教訓は、大きいですねえ。」

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